こけしは、東北で生まれ育ち歴史や伝統がある工芸品です。
その製作過程の伝わり方で、地域の特徴やこけし工人の工夫などで、構造(頭のつけ方)、顔、胴の模様が異なるものが出来てきました。
これらを地域別に系統をつけて、それぞれの地名をつけて呼ばれています。
その名称は、土湯系、遠刈田系、弥治郎系、鳴子系、
肘折系、蔵王系、山形作並系、木地山系、津軽系(ぬるゆ系)、南部系(花巻系)と10の系統に分けられています。
こけしを作る人をこけし工人といいます、むかしは木地師、ろくろ師と呼ばれていました。
木地師としての職業名は奈良時代の文献にも残っているほどですが、こけしの誕生がそんなに昔からというと、そうでもありません。
木地師は生活雑器、おもに椀(わん)やお盆を作る事が仕事でした。
こけしの発祥としては、江戸・文化文政時代に遠刈田の新地(宮城県)の木地師が最も早くからこけしを作っていたといわれています。
江戸時代になり農村で働く人々が、農作業のひまな時期に温泉に行く湯治の風習が定着し、わりと温泉場でも交通の発達したところで、みやげを売るようになりました。
当初、木地玩具やこけしは木地師の副業に造られ幼い子が着物を着せて遊ぶように安価なみやげものでした。
子供のみやげだったものが、明治20年代になると湯治客の増加にともない、ろくろの改良などもあってみやげとしてのこけしが定着しました。
そしてしだいに子供のおもちゃから鑑賞用、美術工芸品として認められるようになりました。
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